Moses Sumney
諸事情でお蔵入りした原稿です(2017年10月執筆)
モーゼス・サムニーは、深い絶望の淵から響き渡ってくるような唯一無二のファルセット・ヴォイスを授けられたシンガー。その息を飲むような美しさをまとった歌声は既に多くのアーティストを魅了しており、ベックの楽譜作品『ソング・リーダー』(2014年)の再現プロジェクトに起用されたのを始め、昨年2016年はソランジュの傑作『ア・シート・アット・ザ・テーブル』に参加、更にはスフィアン・スティーヴンスやジェイムス・ブレイクのツアー・サポートにも抜擢されている。
そんなモーゼス・サムニーが〈ジャグジャグウォー〉から送り出したデビュー・アルバム『アロマンティシズム』には、既に圧倒されたという人も少なくないに違いない。フォーク、アンビエント、ゴスペル、ソウル、ジャズなどが溶け合った幻想的で神秘的なサウンドの美しさはさることながら、やはり何より圧倒的なのは彼自身の「歌」だ。
そのリリックのテーマとなっているのは、孤独の痛み、悲しみ、絶望。そして、そこからの救済を求める感覚だろう。彼が抱える孤独は恋愛感情に起因する部分もあるようだが、それは実存的な問題――そもそも人は孤独に生まれ死に行く運命なのだという実感にも深く根差している。
「もし愛無きことが神がいないということなら、私を道端に打ち捨ててくれ」と歌う“ドゥームド”は、まさに彼が抱える美しき痛みが結晶化した名曲だ。
そして、この『アロマンティシズム』には、自らが抱える孤独の痛みや悲しみと徹底的に向き合い、その深淵を描き切ろうとするような凄みがある。本人はリリックを書くモチベーションは「地獄」で、音楽家としてのモチベーションは「天国」だと冗談めかして話しているが、それもまんざら嘘ではないだろう。『アロマンティシズム』というタイトル通り、ここに安易なロマンティシズムはない。あるのは、どこまでも深い絶望と、それと背中合わせの恍惚だけだ。
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